羽田と成田を間違った話

 大学三年生の春休み。就職活動にすっかり出遅れてしまった僕は、いっそのこと大学生を好き勝手にやってやろうと開き直って、旅行へ出かけることにした。

 行先はベトナムの首都、ホーチミン。丁度その頃、高校生の頃から読んでいたベトナム戦争を題材にした漫画が完結したこともあって、その地を訪れてみたくなったのだ。

 国際線の飛行機に乗ることは初めての、フェリーで行った韓国の釜山に次いで二回目の海外旅行。両親には一言「ちょっとベトナム行ってくる」とだけラインを送って、背負えるだけに見繕った荷物と、同じくらい軽い気持ちのまま当日の朝を迎えた。

 ところで、お金に関係することはすこぶるけちな僕は、航空会社のサイトから予約を取る際に一番安いチケットをひとまず確保しつつ、何日間かに渡って値段の変動をチェックしていた。多少の日程変更はなんでもない程度には、大学生の春休みを暇にしていた。それで結局三回ぐらい予約を変更して、初めに取ったものよりも一万円くらい安くチケットを確保することができた。しかし、最初に取ったチケットが成田空港発で、何度か変更して最終的に決めたチケットが羽田空港発ということは、空港に着いた三時間前まで気付かなかった。

 ワクワクしながら成田空港の国際線ターミナルに到着して、ポケットに入れていたEチケットを取り出すと、そこには羽田発と書かれていた。見間違いと思い、舐めるように紙を見ても、確かにそこにアルファベットで”HND”、羽田空港発としっかり書かれている。思わず「えっ!」と声が出て、前を歩いていた男女がちらっと僕のことを見て去って行った。浮かれ気分は一瞬で冷めて、遠くまで押しやったはずの現実がどっと押し寄せてきた。

 茫然と近くのベンチへ腰を下ろすと、少しずつ頭が回り始めた。安い便なので、出発直前に変更はできない。このままカウンターに行ったところで、出来る事はないと予想がついた。時計を見て、電車なら間に合いそうだと思う。スマートフォンで電車の発車時刻を調べると、チェックイン時刻ぎりぎりに到着する電車があるようだった。もうすぐの出発である。

 それを知るや否や国際線ターミナルから飛び出して、巡回バスに乗り込んだ。下車した建物のエスカレーターを転がるように下り、今から飛行機に乗るであろうビジターの流れに逆らってコンコースを走って、改札にスイカを叩きつけてホームへ辿りついた。そして、そのとき丁度乗るべき特急電車のドアが閉まった。間に合わなかった。

「終わった……」

 魂の抜けた身体と再びフリーズした頭でとぼとぼ引き返し、窓口から改札を出る旨を伝えた。さっき改札を抜けた際、あまりの勢いに驚かれていた駅員のお姉さんに「お急ぎでしたか?」と訊かれたので、事情と時間を説明する。念のため調べてもらうも「こちらで出来る事はないようです」との回答を頂いた。そうですか、と礼を言って立ち去ろうとしたとき、先ほどのお姉さんが言う。

「上階にタクシープールが御座いますので、それが最後の手段と思われます」

 金の斧も銀の斧も取り上げられた僕に、女神から第三の選択肢が与えられたのだった。ケチな貧乏大学生の頭にタクシーの選択肢は思いつかなかったのだ。

 急いで上階のタクシープールへ行った。暇そうにしたおじさんが数人立って、立ち話と一緒に煙草を吸っている。「羽田空港まで幾らでしょうか」と訊くと、ひとりが車内から金額の記載された案内表示を取り出して、指を指した。定額二万七千円。ワオ。旅行の航空券代にもほど近い金額が提示されて固まった僕に、おじさんが「で、乗るんか? 乗らないんか? ま、乗るしかないんだろうがな」と、煽ってくる。なんだこいつ。遅い反抗期を迎えた二一歳、クソジジイにはとりあえず反発したい。しかし、今は言葉を飲むしかなかった。ああ、乗ってやるよ。乗るしかないんだよ。開けられたドアからリュックを座席にぶん投げ、タクシーに乗り込む。立ち話を切り上げた運転手が遅れてどかっとシートに座って、セルを回した。

「お兄さん、かっ飛ばしていくからな。気を付けろよ」

 タクシーは教習所のお手本のようにするっと走り出し、そのまま高速道路へと入っていった。諦めの悪い僕は「どうにか電車に追いつかないでしょうか」と訊いてみるも、「いやー無理でしょう、あはは」と笑いながら一蹴された。黙るしかなかった。

 スマートフォンでインターネットを検索すると、体験談が山のようにでてくる。「受付のカウンターは時刻ぴったりに閉まる」ということをこのときはじめて知って、準備の甘さを思った。電車に乗れなかっただけ、まだ可能性の高い選択肢を取っていた。他人の例を読んで、この数十分のどんでん返しに段々と諦めがついた。流れていく景色を眺めながら、帰国した後を考える。少なくともこの予定外の出費をどうにかしなければいけなかった。しかし、現実逃避に出てきて現実を考えるのも、もう嫌だった。

 タクシーはさっきから車を追い抜いてばかりいた。ふと、どんな速度で走っているのかと速度計をちらっと見ると、一四〇キロ近くを指していた。なんとこのタクシー、法定速度ガン無視で高速道路の第一車線をかっ飛ばしている。

「運がいいね。この辺いつも渋滞なんだ」

 速度違反の運転手が言った。渋滞よりも警察に捕まりそうである。しかし、それも杞憂だった。舞浜のディズニーランドの横を過ぎるとき、突然車速を落として後続に道を譲った。そのまましばらく走ると周りに合わせてアクセルを踏んで速度を上げた。「どうしたんですか」と訊くと、そこ、と運転手は高速道路の路側帯を指した。黒色のセダンが止まって見えた。もはやプロの犯行だ。

 会話が続いたので、羽田と成田を間違う客は普段どれほどいるのかと訊くと、その運転手だけで毎日二人乗せているという。他のタクシーも合わせると結構な数になると思われた。渋滞にはまって遅れてしまう人も多いという。

「とにかく今日は運がいい、詰まりそうなところが流れている」

 運転手の言葉の通り何事もなく首都高に入って、そのまま大井を過ぎた海底トンネルの中のインターチェンジを下りた。トンネルを抜けると羽田空港の前に出て、飛行機が真上を横切って飛び立っていった。あっという間のゴールだった。

 チェックイン時刻から結構余裕のある時間に到着して、料金も表示されていたメーター分だけまけてくれた。それでもギリギリ持ち合わせが足りずに今日三度目の冷や汗をかいたが、利用上限額を上げたクレジットカードに助けられた。運転手が言っていたように、とにかく今日は運がいい。このとき受け取ったレシートは、今でもパスポートに挟んで反省と記念に持っている。

 かくして、搭乗に無事に間に合って一週間の壮大な現実逃避に勤しんだ。もちろん帰国後は、使いすぎてしまったカードの支払いのためにアルバイトのシフトを増やすこととなり、ますます就職活動どころではなくなったのは言うまでもない。